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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)381号 判決

控訴人 薬師要蔵 支配人 門側忠雄

被控訴人 藤原真二

訴訟代理人 貞松秀雄

主文

門側忠雄は控訴人の訴訟代理権を有しない。

事実

一、被控訴代理人の主張

控訴人の訴訟代理人門側忠雄は控訴人の支配人として登記がなされているか、門側は控訴人の訴訟代理権を有しない。すなわち、控訴人はもと神戸市須磨区鷹取町一丁目七番地上の工場においてゴム加工業を営んでいたが、昭和三四年一月四日訴外木村義弘に右工場を売り渡して営業を廃止した。また、控訴人はその後交通事故のため歩行困難となり目下何等の営業を営んでいない。門側は控訴人の営業のための商業使用人ではなく、控訴人よりその残務整理のため訴訟行為をなすことを主たる目的として選任せられたものであつて、控訴人の訴訟代理人として、十数件に上る控訴人と被控訴人ならびに有限会社二和護謨工業所間の訴訟手続に関与している。仮に、選任当時は門側は適法な控訴人の支配人であつたとしても、控訴人は右に述べたように既に商人たる身分を喪失した以上、これとともに門側は支配人として控訴人の訴訟代理をなす資格を失つたというべきである。

二、控訴代理人の主張

被控訴人主張の右事実中、控訴人が被控訴人主張の場所でゴム加工業を営んでいたが被控訴人主張の頃右工場を訴外木村義弘に売り渡したことは認めるが、その余は争う。

(1)  控訴人の営業であるゴム工業は通常貸工場と称せられ、神戸市のみに見られる特殊経営形態である。すなわち、ゴム工業は機械加工部分と手加工的部分とに別つことができるが、神戸では、よく、ゴム工業の営業主がその作業場の一部をアパート式に幾人かのゴム靴などのゴム製品加工技術者に貸与し、加工技術者とタイアツプして、同人らをして独立してゴム製品の製造をなさしめる形態がとられる。全体は集団的工場の態をなすが、この場合、いわば親方に当るゴム工場のことを貸工場と称するのである。借り工場はゴム製品を製造するのであるが、自らなすのは手加工的範囲にとどまり、重機械を要する加工はすべて貸工場に依頼するのである。貸工場はゴム製品製造の基礎機械(ゴム練ロール機、ボイラーなど大型機械)を備え借工場の依頼により賃料を得て重機械加工をなすのである。すなわち、機械的、工業的賃加工である。貸工場における使用人はその数こそ小人数で足りるけれども、男子熟練工であることを要する。したがつて、控訴人の貸工場の使用人が少ないことをもつて、支配人を必要としない程度に規模が小さいということはできない。

控訴人はまた副業として、工員を常時数名雇い入れて、再製ゴムの製造を営み、また不定期的に自動車タイヤーの下請工場をしている。

(2)  控訴人は昭和三三年八月二五日以来現実に営業活動をしていないけれども、控訴人はその営業を廃業したのではない。すなわち同日控訴人は、訴外有限会社二和護謨工業所の所長藤原鐘一から実力をもつて控訴人の鷹取町所在の工場を乗り取られたため、営業不能の止むなき状態に立ち至つたのである。控訴人は右訴外会社の行為を不当とし訴外会社等を相手方とする一〇件余りの訴訟において右工場の引渡義務を争つている。本件訴訟はその一環をなすものであつて、少なくとも控訴人の営業の残務たる性質を有する。控訴人が営業を廃したとしても残務整理の範囲内においては控訴人も完全には商人資格を失つていないと解すべきであるから、その支配人たる門側はなお支配人としての権限を行使しうるというべきである。

三、証拠関係

控訴代理人は、甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三、四号証の各一ないし三、同第五号証、同第六、七号証の各一、二、同第八ないし二七号証検甲第一、二号証(いずれも昭和三三年六月一九日撮影。控訴人の工場に設置してあつた堅型ボイラー)を提出し、原審証人長谷川義男、同中島正雄、同高谷悦三、同小川新吉の各証言、当審証人薬師タケヨの証言を援用し、乙第一、五号証の成立は認める。同第三号証中官署作成部分は成立を認めるがその余の部分の成立は不知、同第三号証、同第四号証の一、二の各成立は不知と述べた。

被控訴代理人は乙第一ないし三号証、同第四号証の一、二、同第五号証を提出し、原審証人木村義広、同藤原鐘一、同筒井義隆、同田中延二の各証言を援用し、甲第九号証および同第二七号証は各確定日付部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知、同第一二号証および同第一九号証は各官署作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知、同第一四、一五、一八、二六号証の各成立は不知、その他の甲号各証の成立は認める。検甲第一、二の被写体および撮影年月日が門側忠雄の主張のとおりであることは認めると述べた。

理由

控訴代理人門側忠雄が控訴人の支配人として商業登記簿に登記されていることは本件訴状添付の登記簿謄本によりこれを認め得べく、確定日付の成立につき当事者間に争いがなく、その余の部分は当裁判所において真正に成立したと認め得る甲第九号証によると門側忠雄は昭和三三年二月一日控訴人よりその支配人に選任せられたものであることが認められる。

ところで、被控訴人は、門側は控訴人のため訴訟代理をなすことを主たる目的として選任せられたものであつて、控訴人の営業の商業使用人ではないから、訴訟代理権を有しないと主張する。門側が支配人に選任された後、控訴人の訴訟代理人として控訴人と有限会社二和護謨工業所間の訴訟に関与していることは門側の供述するところであるが、この事実をもつて直ちに門側が訴訟行為をなすことを目的として選任せられたものであると断ずることはできないし、他に被控訴人主張事実を肯認すべき証拠はない。かえつて、当審における証人薬師タケヨ、原審における証人高谷悦二、同中島正雄、同小川新吉の各証言によると、門側は控訴人が営業不振に陥ち入つて営業再建のため選任せられたものであり、その神戸市須磨区鷹取町一丁目八番地におけるゴム工業の経営につき包括代理権を与えられた商業使用人であることを認めるに十分である。

次に、被控訴人は、控訴人は昭和三四年一月四日にゴム工業を廃業したから、これに伴つて同日門側の支配人としての権限も消滅したと主張する。当審における証人薬師タケヨ、原審における証人長谷川義男、同中島正雄、同高谷悦三、同小川新吉、同藤原鐘一の各証言によると、控訴人は昭和三三年八月頃神戸市須磨区鷹取町一丁目のゴム工場を訴外有限会社二和護謨工業所に占拠され、更に昭和三四年五月頃訴外木村義弘から右工場にあつた機械類を持ち去られたことが認められる。もつとも前掲各証拠によると、右工場の明渡義務の存否や加工賃等の請求について控訴人と被控訴人あるいは有限会社二和護謨工業所の後身会社である二和護謨工業株式会社等との間に紛争があり、現に一〇件あまり訴訟が係属していることが窺えるので、右工場の引渡しは控訴人の自由な意思に基づくものであるとは断定し難い点があるけれども、官公署作成部分の成立につき当事者間に争いなく、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第三号証によると、控訴人は昭和三三年八月一八日付をもつて神戸労働基準局西監督署長あて廃業届を提出した事実が認められるので、右事実と当事者間に争いのない営業休止の事実によれば控訴人は同日限り営業を廃したものといわなければならない。しかして、本件記録によると、控訴人の本訴提起の日は右控訴人の廃業日より約一ケ年後である昭和三四年八月一三日であることが認められる。

そこで、支配人の訴訟代理権は、その主人の営業の廃止により消滅するかどうか考察する。支配人は商人より選任せられたる商業使用人であり法定範囲の代理権、すなわち、営業主に代りその本店または支店の営業に関する一切の裁判上または裁判外の行為をなす権限を有する委任代理人である。ゆえに、営業主がその営業を廃止するときは同時に支配人は当然終任となり、支配人の権限もこれに伴つて完全に消滅すると解するのが相当である(明治四〇年四月九日大審院判決、同年判決録四一五頁参照)。もつとも、その際急迫の事情、すなわち、遅延によつて本人に損害発生の危険を生ぜしめるおそれがあるときは支配人は本人またはその適法な代理人が委任事務を処理することができるまで必要な処分をすることができる(民法第六五四条)のは別問題である。控訴代理人は支配人の代理権が営業主の営業廃止によつて消滅したのちも、残務整理の範囲内においてはなお支配人は従前の権限を行使することができると主張する。しかし、営業主の営業廃止に伴い、支配人の終任を生ずるにかかわらず、右急迫の場合における応急処分のほかに一般的に残務整理の範囲内における代理権をその支配人に認むべき合理的理由も必要も認められないし、その旨を定めた法文上の規定も存しない。多少問題となる法文の規定について説明を加える。

民訴第八五条は、「訴訟代理権は当事者の死亡、もしくは、訴訟能力の喪失、当事者たる法人の合併による消滅、当事者たる受託者の信託の任務の終了または法定代理人の死亡、訴訟能力の喪失もしくは代理権の消滅、変更により消滅せず」と規定している。この規定は法令により裁判上の行為をなすことをうる代理(たとえば支配人の代理)については適用がないとの見解があるが、右規定について民訴第八二条のような特別規定はないから、これを肯定するのが相当であると解せられる。しかしながら、右第八五条の法意は、訴訟代理人の多くが国家の公認した弁護士であつて、訴訟手続についてはいわば専門家であり、同条所定の事由が生じても、これにより直ちに訴訟代理の消滅を来たすべき基礎たる信頼関係の消滅事由が発生したとみるのは、かえつて本人またはその承継人の意思に副わないと考えられること、しかも訴訟手続は円滑、迅速な進行が要請せられること等に鑑み、訴訟手続中に同条所定の事由が生じた場合には代理権が消滅しない旨を規定したのである。それゆえ、主人の営業の廃止と支配人の終任後に提起せられた本件訴訟の如き場合には、右民訴の法条の適用なきは勿論、これを類推適用することもできないといわなければならない。

次に、商法第五〇六条は、「商行為の委任による代理権は本人の死亡によりて消滅せず」と規定している。支配人の有する代理権は商行為の委任による代理権であるから、本人の死亡によつては消滅しないわけである。右法条は本人の死亡という突発的事故に対し本人の承継人のため企業の維持をはかる必要から、民法第六五三条に対し特則を設けたものである。営業の廃止の場合は、本人の意思によりこれをなすのでありこれにより当然支配人の終任を来たしているにかかわらず、その場合に本人の意思に反するような企業の維持をはかる必要はないし、本人を差し置いて残務整理を支配人になさしめる必要もない。それゆえ右の法条は営業の廃止の場合に類推適用する余地は全然ないものといわなければならない。

その他、控訴代理人の主張を理由づける法的根拠は見当らない。

そうすると、控訴代理人は控訴人の廃業により支配人たる権限を失つたものであり、本訴において控訴代理人がなす訴訟行為について民法第六五四条にいう「急迫の事情の存在」を認めることもできないから、控訴代理人は控訴人の訴訟代理権を有しないと断じなければならない。

よつて、主文のとおり中間判決をする。

(裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 大江健次郎 裁判官 北後陽三)

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